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2008年05月07日

選曲・高いの怖い・成層圏

小樽のコミュニティFM「FMおたる76.3MHz」で「飯田雅春セレクション」という番組名で毎月1時間選曲

放送は毎月第1.3.5水曜の21時~22時

収録は自宅の、楽器よりも本が多いので「防音室」ならぬ「防本室」とよばれているスタジオというにはあまりに小さい練習室

今日の選曲はもうすぐ発売の奥野義典カルテット「赤い月」から数曲と
馬頭琴と喉歌の嵯峨治彦さんのユニット「野花南」のアルバム「マガリヤ」から数曲
あと、ザヴィヌルとマイルス

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先だってアップした記事の自転車コースからの帰り
札幌・藻岩山ロープウェイに乗った

こどもの頃は平気だったけれど、20代中頃からかめっきり苦手な、

「高い所」

飛行機はまだいいけど(それも不思議)
観覧車とかロープウェイ、スキーのリフトすら・・
ひええ・・

山頂展望台からの景色は絶景

・・でも怖いものは怖い、飛ばされたらどうしよう・・


風も吹いてるけど飛ばされるわけない

なんで?・・

ちょっと調べたところ、
「高所恐怖症」というのはたとえば1mくらいの脚立の上でも足がすくんでしまったり、
実際に高いところにいかずとも、それを想像しただけでパニックになる症状らしい。

それに対して僕くらいのは

「高所恐怖癖」・・・
なんかかっこ悪ー

... 単なる高さにおびえるというよりも、下に空間があるということをイメージさせる状況を怖がる場合が多いといえます。

ってかいてある。

そうそう。

歩道橋渡ってて、足下に隙間があって下が見えたりするとちょっとひやっとします。
円山動物園のミニ観覧車なんかもう失神寸前。

ところで
無理して乗ったロープウェー

片道だけでも節約できないかと徒歩での所要時間を聞くと1時間。
ちょっとした登山コースだ。
時間もないのであきらめ往復チケット購入。

山頂手前の駅で降りるとそこからは山頂まで無料バス送迎
ってことは道路がある?

・・・

案の定、山頂にもしっかり駐車場が。

藻岩山山頂へは車でも行けます。
でもロープウェイからの景色もいいですよー。

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只今、ちょっとした気分転換で、というか正直に言うと制作で煮詰まっての現実逃避で、この記事を書いておりまして、まだ先に進む兆しがないので続けます(笑

昨日、今日とパロシクスが5枚目になるアルバムをレコーディングをしています。
スケジュールの都合で僕は立ち会っていませんが、ちょうど今頃収録を終えた頃かなあと。
クラリネットをフィーチュアした「クレアリティ」という曲がありまして。
タイトルが決まる前の仮題が「成層圏クラゲ」というものでした。

もともとの楽曲イメージは宮澤賢治の「生徒諸君に寄せる」という詩のセンテンスに触発されて出来たものです。

それはこういうものです

(以下、引用)
宙宇は絶えずわれらによって変化する
潮汐や風、
あらゆる自然の力を用ゐ尽すことから一足進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ


新らしい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て


新らしい時代のダーウィンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至って
更にも透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ


衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷たく透明な解析によって
その藍色の影といっしょに
舞踊の範囲に高めよ

(中略)

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至(ないし)はわれらに至るまで
すべての信仰や徳性はただ誤解から生じたとさへ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ、

誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを云ってゐるひまがあるのか
さあわれわれは一つになって
(以下、空白未完)

とここまでで未完の原稿なのですが、
80年前に書かれたとは思えないほどの斬新さと深さのある言葉だなあと。


(今、こんなことを書いてゐるひまがあるのか?笑)

これ以外にも誰かがどこかに書いていたものに影響も受けているのですが、
(たぶん池澤夏樹さんです)

僕たちの体や心に宿っている何か(魂?)が目には見えないけれども、地球の重力の法則にとらわれずに成層圏の上の方で踊っている。そんなイメージ。

これから何万年、何億年経過して、人類が宇宙でも生きていけるように進化したときには、見た目はクラゲみたいになっているという話を聞いたことがあります。
無重力で長く暮らしていることにより体液が胸に集まって、だんだんと体が丸くなってくるのだとか。
カルシウムはどんどんなくなって、骨もなくなる(不要になる)。
クラゲが透明(目に見えない)というところも気になります。

更に遠い未来、そのように進化した生命が、よりローレベル(低い、というだけでなく、根源的という意味でのロー)の生に魅力を感じ、地球のような星とそこに(重力に縛られて)生きる生命体に宿ってリアルな生を生きる、なんてことを繰り返すのでしょうか?

もしかして僕たちのタマシイは成層圏の上のあたりで今すでに、いやずいぶん前から、クラゲみたいに踊っているのではなかったか?

たまに見る夢に「こどもに戻った訳じゃあないけれど、学校に通っている夢」がある。
そういえば、人生そのものも学校みたいなもんだ

お、そいうえば高所恐怖癖
重力の法則に縛られていることそのものへの抵抗か?
またまたそんな屁理屈(いいわけ)を・・・・

さて寝言はこのくらいにして。と・・・

by iidamasaharu

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